■ 歯科技工の海外委託問題訴訟について
歯科技工海外委託問題訴訟弁護団
弁護士 川 上 詩 朗
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本年9月26日、東京地方裁判所は、歯科技工の海外委託の禁止を求める歯科技工士らの訴を退ける判決を下しました。
この判決は、「法律上の争訟」に当たらず、「確認の利益」も無いとして、いわゆる「入り口論」で訴えを退けたものです。
したがって、歯科技工の海外訴訟についての
判断を回避した不当な判決であり、原告団及び弁護団は、
同日、不当判決に抗議する
声明を公表しました(詳細は同声明をご参照ください)。
2
原告団は判決を不服として控訴しました。 今後は東京高等裁判所で引き続き審理(控訴審)が続けられることになりますが、
訴訟勝利のためにはさらに多くの方の支援が不可欠です。 そこで、控訴審がスタートするにあたり、
あらためて原告らが本件訴訟を提起した目的についてご説明したいと思います。
そもそも、国民への安全な歯科医療を実現するためには、歯科技工士制度の充実・維持・発展が不可欠です。
ところが、歯科技工の海外委託では、無資格者による歯科技工が行われるなど多くの問題があります。 国民の立場からいえば、
安全な歯科医療に対する懸念や不安があります。
それに対して、国は、これまで調査や指導をしない
(不作為)ばかりか、むしろ
平成17年通達により歯科技工の海外委託を誘発し、
その結果歯科技工士制度への
脅威を促進している
(作為)といっても過言ではありません。 この事態は、
歯科技工士制度の存続が問われる重大な問題であり、
国民の立場からは安全な歯科医療への重大な脅威といえます。
そこで、
国の上記不作為や作為が違法であることを確認することにより、歯科技工の海外委託が許されないことを明らかにし、
歯科技工士制度を充実・維持・発展させることにより
国民の安全な歯科医療の実現をめざし本件訴訟を提起しました。
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3
このように、私たちの訴訟の目的は、
国が作為の違法性を確認することにあります。
そこで、そのために最もふさわしい訴訟類型は何かを考えた際に、
行政事件訴訟とともに国家賠償訴訟を併せて主張する事としました。
なぜならば、行政事件訴訟の場合、一般的には、本件の地裁判決のように、「法律上の争訟」「確認の利益」がないという
いわゆる「入り口論」で判断されるおそれが高いといわれています(なお、そのこと自体は、従来から、国民の裁判を受ける権利を
不当に制限するものとして多くの学者から批判されており、入り口論を拡大する方向での様々な議論が行われています)。
他方、国家賠償請求の場合には、
端的に国の不法行為責任を問う訴訟類型であるために、「法律上の争訟」「確認の利益」
などという議論をすることなく、端的に「違法」か否かを問うことが出来ます。 したがって、私たちの訴訟の目的である、
国の行為の違法性を確認することを獲得できる可能性が行政事件訴訟法に比べて比較的高いと言われています。
現に、本件訴訟の地裁判決でも、一般論ではありますが、
国は歯科技工の海外委託について調査をし、
その結果違法状態が認められれば指導すべき職務上の義務があることを認めています。 これは、本件訴訟における一つの
成果
といえます。 ところが、判決が誤っているのは、その職務上の義務について、個々の原告らに直接負うものではないから、
個々の原告らとの関係では「違法」とはいえないと判断している点です。
このような考え方は、
学説上批判の対象になっています。国の作為は、本来、法に従って行われなけれ
ばなりません
(法治主義の原則)。 そこでは、「個々の国民に対しての義務」などと構成する必要はなく、一般的に法的義務が、
認められるのであれば、その義務違反に対して端的に「違法」と評価すべきです。 ところが、判決ではあえて「個々の原告に対する義務」と
構成することで、「違法」判断を回避しているのです。
私たちは、
この判決の判断の誤りについて控訴審で明らかにしていきたいと考えています。
私たちが国家賠償法という訴訟類型を採ったのは、このような理由からです。賠償請求と聞くとどうして
もお金が目的ではないかと誤解をする方もいます。 しかし、国家賠償請求という訴訟類型をとったのは、
決してお金が目的だからではありません。 それは、あくまでも
国の行為の「違法性」を認めさせるために有益
な訴訟類型であると判断したが故に国家賠償請求を行ったと言う事について、是非ご理解下さるようお願い申し上げます。
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最後に、歯科技工の海外委託の問題は、
歯科技工士制度が維持されるのか否か、国民の安全な歯科医療の実現に関わる重大な問題です。
私たちは、訴訟の場で、国の行為の違法性を確認させることにより、
歯科技工の海外委託を放置している現在の国の政策を
改めさせ、歯科技工士制度の充実発展という方向で、
国民の歯科医療の安全を確保していきたいと考えています。
そのためには、訴訟は重要な契機になりますが、訴訟だけでは問題の解決にはなりません。私たちの訴訟支援とともに、
歯科技工の海外委託問題を解決させるために、
訴訟外でも様々な取り組みを行って頂きたいと思います。
幸いなことに、私たちが訴訟を提起したことにより、歯科技工の海外委託問題が国会でも取り上げられたり、
テレビや新聞等の報道機関で取り上げられるなどにより、国民の関心が高まっています。
私たちが、歯科技工の海外委託の実態を
多くの方に知らせるとともに、国民の歯科医療の安全にとって歯科技工士制度がいかに重要な役割を果たしているのかを多くの国
民のみなさんに知ってもらうチャンスです。
それにより、歯科技工士制度の充実発展こそが、安心した歯科医療を実現する
要であるということを、どれだけ多く
の方々に共感してもらえるのか。
そこにこそ、これからの歯科技工士制度の未来があるのではないでしょうか。
多くの方々の訴訟支援とともに、歯科技工士制度の充実発展に向けた積極的な取組みを期待致します。
PDF版はこちらからダウンロードできます。
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